ファーストバイト
今ではまったく信じられませんが、最初は歯磨きも、爪切りもやらせてくれていました。
体中なでられましたし、一緒にくっついて寝たりもできました。抜け毛が多い犬種なので、あまり長くはゴロゴロしませんでたが。
爪切りはなかなか難しくて、パチンという衝撃もけっこう大きいですし、切りすぎると血が出てくるし、だんだんと切られるのがキライになっていきました。
ある日、嫌がるRUNを追いかけて、玄関に追い詰めたところで、むりやり腕をつかんで爪を切ろうとしたところ、思い切り手を嚙まれました。
しかもRUNもパニックになっているようで、目の色が変わって、何回も何回も執拗に噛み続けます。
いつも可愛がっている愛犬が豹変したその光景と、派手に噛まれたギザギザな傷口と、あまりに突然のことで、あっけにとられ、ボー然として、噛まれ続けていても何もできず、ただ噛まれていました。
とてもショッキングでした。
噛まれたあとは、ただただ「なんでだよ、なんでだよ、」と繰り返し言うしかなく、そしてそのあと、噛まれた傷のものすごい重い鈍痛がズーンと襲ってくると、
もう言葉も出ない、ただただクーッと痛みに耐えるだけの時間が数分間来ます。
RUNは、正気に戻ると、ハッとしたような顔をして、何かとても悪いことをしてしまったような素振りで、そそくさとクレートの中に走って戻っていきます。
とりあえず、流れる血を洗おうと水で流しますが、それがまた言葉がでないほど痛い。
深い悲しさと、痛みをクーッとこらえる涙と、ドーンと重い痛みと、水がジャーって流れているだけの時間が長く長く続きました。
この時から、僕らとRUNのカミカミエブリデイが始まりました。
噛まれるときはいつもこんな感じで、RUNもパニックになっていて、何回やめてって叫んでもやめてくれないどころか、こちらが叫べば叫ぶほど、さらにヒートアップしてカミカミされます。
僕も妻ももう何回噛まれたかわかりません。もう何針も縫いました。
僕らの手と腕には、もう消えることのない無数の傷があり、いずれ僕らとRUNの思い出の絆となるでしょう。妻は足やおっぱいにも噛まれて傷があります。
妻はもはや噛まれ慣れて、噛まれても冷静におだやかにRUNに語り掛ける術を習得し、それによりパニックを早めにおさめ、大打撃になるのを防ぐことができるようになりました。
僕にはとうてい無理です。
昨年もソファに横になっていたところをいきなり噛まれ、なかなか噛まれました。
夏頃だったと思いますので、それ以来もう少しで1年噛まれずに済んだことになります。
セカンドバイト
2回目は、夜、妻が出かけていて、僕一人のときでした。
なんかいつもと雰囲気が変わっていて、なんとなくよそよそしい感じでクレートの中にいるので、「どうしたの?」って言いながら、頭をなでようとクレートの中に手をのばした時に、いきなりのガウガウでした。
やっぱり噛まれるときは、なんか自分も動けなくて、ただただワーワー言いながら噛まれ続けるという感じで、この時も派手に噛まれました。
何回もカミカミするので、皮膚の下の肉も少し見えるような、ギザギザな傷です。
噛まれている時はとにかく必死なので、痛みはほぼ感じないのですが、噛み終わって、RUNが正気にもどって、すごすごとクレートに戻っていったあと、またドーンと重ーい鈍痛におそわれます。
このときはたしか、両手噛まれたし、傷もすごかったしで、そのまま「痛いよー」って言いながら、自分で車を運転して、真夜中、市立病院の救急外来にいきました。
その時いたお医者さんは若い先生で、犬に噛まれた人の処置なんて遭遇したことがなかったようで、なにやらちょっと調べるような間があって、まるでテキストに書かれていそうな処置をされました。
まずとにかく傷口を水でよく洗ってくださいと案内され、シンクで水を出して傷口を洗いました。
すると、もっと傷口に指を突っ込んでよく洗ってください、さらには、このハブラシでよく洗い流してくださいと、ハブラシを渡してきました。
水をかけてるだけでも相当痛いのに、仕方なく、クーッとふんばりながら洗いました。
映画などで、傷をおった人物が、麻酔なしで自分で傷口を縫うようなシーンの心境で、ふんばって洗いました。
そのあと、傷を縫われました。歯医者にしても、たいがい、こういう時はその麻酔の方が痛いんじゃないかってくらい痛かったりしますが、すでに最大級に痛い中ですし、もうヘトヘトでどうにでもしてって感じで、そのときのことはもうあまり覚えてません。
東京から大阪へ
そのあとも、なんで咬まれたのかわからないことで、僕たちはたびたび咬まれました。
2014年にそれまで住んでいた東京から、妻の実家のある大阪へ引っ越しました。
ペット可の賃貸アパートやマンションは、だいたいが小型犬までで、中型犬になると、1戸建ての家を借りるしかありませんでした。
それまでのマンション暮らしで、すぐ隣に他の人がいて神経を使う生活がもういやになっていましたし、住んでみると、ものすごく風通しが良く、古いけどとても過ごしやすい家で、結果とても気に入った家に住むことができました。
引っ越しも終わり、RUNが歩く部屋は全部フローリングにしようと、畳の部屋の床にフローリングマットを敷いていたときに、もうさっそく大阪でのファーストバイトでした。
夫婦二人で床に這いつくばりながら、フローリングマットを敷く作業をしているのをとなりの部屋から見ていたRUNが突然猛烈に走ってきて妻の手に咬みつきました。
どうやら、床を何かゴソゴソすると、その手に咬んでくることが多いなと、それまでの経験から、なんとなく感じてはいて、いつも気をつけながら、RUNの近くでゴソゴソするときは、一度ハウスさせてからやるようにしていたのですが、
咬まれてからしばらく時間がたつと、だんだんと警戒心も薄れていきますし、この時も作業のことで頭がいっぱいで、油断をして、RUNがいるのに作業をしてしまっていました。
このことで、どうやら手に執着があるようだということが確信に変わりました。
何かの拍子に手が怖い瞬間がきて、そこでスイッチが入ると、もうわからなくなり、我に帰るまで必死に咬み続けるようなのです。
完全に目の色も変わりますので、自分でもどうにもできないのだと思います。人間の手にトラウマや恐怖心があるみたいなんです。
そう言われると思い当たる節はたくさんあります。
僕と妻は今年44歳になるのですが、子供はいません。
なので、現代の子育ての仕方をよく知りません。
ですが、周りの人たちの子育てを見ていると、今の子育ては僕たちが育てられた時代に比べると、とにかく褒めて伸ばすし、個性が重んじられ、自由にさせておくし、理由なく頭ごなしに叱りつけることもないようです。
僕たちが育てられた時代は昭和の時代で、叱ったり罰を与えて言うことをきかせる、団塊の世代の子育てそのまんまでした。
なので、数多あるしつけの本の中でも、「犬は順列の中で暮らす動物だから、飼い主は常に強くなければならないし、舐められたらいけない。」というような昔っぽいしつけ法が1番ピンと来たんです。
それを一生懸命に実践しようと、言うことを聞かない時や、思い通りにならない場合は、頭ごなしに大きな声で叱ったり、犬と同じように、唸りながら凄んでみたり、力で押さえつけるしつけをしていました。
また、知り合いの動物病院の奥さんから、「いうこと聞かない時は3日間くらい閉じこめてエサ抜きにしてやったらええねん。」と聞いたことがあり、まさしく咬んだ後などは、それを実践していました。
今考えると完全に虐待です。
また、RUNは子犬の時は、ティッシュが落ちていると、飛びついて食べるクセがありました。
それを阻止しようとすると、唸り声をあげて威嚇しました。
それ以外のことでは一切そんなことはないし、エサを食べている時に邪魔をしてもそんなことはしないのに、ティッシュだけそうなりました。
僕は舐められてはいけないと、次にそうなったら、怖いけど戦って押さえつけてやると考えていました。
そして、ついにそのタイミングが来ました。僕はRUNの首輪を掴み、上からつぶすように押さえつけました。
RUNも怖かったようでキャンキャン言いながら暴れましたが、僕はしばらくそのまま力を入れて押さえつけました。
しばらくして、RUNの興奮もおさまって、観念したように思えたタイミングでパッと放しました。
例えば、この時のこととか、無理やり爪切りしようとした時とか、叱りつけるしつけとかの中で、手に対するトラウマができてしまったのだと思っています。
もしくは、最初の飼い主さんのところで何かあった可能性もあるかもしれません。
そういえば、まだなでることができる時に、可愛がってなでていても、突然ピクっとなるなってのは感じていました。しかし、実際どうだったのか、今はもうわかりません。
そして、トラウマと同時に、追い詰められた時には咬んだら逃げられると学習してしまったのです。
トリマーさん、ごめんなさい
そうして、たびたび咬まれながらも、できるだけ咬まれないようになんとか暮らしていました。
東京にいたころは、まだシャンプーはなんとかやらせてくれていましたので、大阪でも初のシャンプーをしようとしたら、昔ながらのステンレスの浴槽が嫌だったのか、手を咬もうとしてきました。
そうなるともうそれ以上できず、そのまま風呂場から引っ張って出し、ドライヤーもあてられないので、ビショビショのまま散歩に出て自然乾燥させました。
それからは、もう自宅でシャンプーするのはあきらめて、ペットショップでお願いすることにしましたが、人の手を咬むRUNはシャンプーしてもらえるのか、相談してみると、とりあえずやってみますと、お願いすることできました。
そして、1回目、2回目は何事もなくシャンプーすることができました。
だいたい2か月に1回くらいのペースでお願いしました。
やっぱりトリマーさんもプロなので、安心してお願いできるようになってよかったと思っていたのですが、3回目のシャンプーのときに、途中で電話がかかってきました。
悪い予感しかしませんでしたが、やっぱりトリマーさんの手を咬んで、今日はもうできませんという話でした。
僕らは、あー、やっぱりこうなってしまうのかと落胆しながら、とにかく咬んでしまったことを何度も謝ってその日は帰ってきました。
トリマーさんも涙を浮かべていて、もう本当に申し訳ない気持ちでしたが、そのトリマーさんが、時間をおいてもう一度やらせてくださいとおっしゃってくれたのです。
プロとして、また、動物に対してのご自身の意地をみるようでした。
僕たちももう2度と咬むようなことがあってはいけないと、シャンプーのときに口輪をすることにしました。
しかし、普通に口輪をしようとしても当然咬まれますので、いろいろ試行錯誤しました。
口輪のヒモを倍くらいの長さに改造して、その口輪の中にチーズや液体状のおやつを塗りたくり、そこに首をつっこんでなめることに夢中になっている最中に、ぐっとヒモの留め具をしめるというやり方をあみだしました。(「病院・トリミングでの対策」でご紹介しています。)
この方法により、その後はなんとか毎回シャンプーできるようになりました。
一度、シャンプーの後に、この口輪をはずすのにもたもたしてしまったスタッフさんが咬まれてしまいました。たくさん謝りました。
このトリマーさんは、その後も本当にお世話になったトリマーさんで、その方しかRUNをシャンプーできる人がいなかったのですが、出産されて育児休暇をとられてから、もう誰もシャンプーできる方がいなくなってしまいました。
いつものトリマーさんが育児休暇に入られたあとに、一度他のトリマーさんにシャンプーをお願いしたのですが、やはり咬まれそうになって、もううちではできませんと断れてしまいました。
それ以来は、もう2年くらいシャンプーはしていません。
水遊びが好きなので、天気が良い日などは、川に連れて行ってできるだけ全身水につかるように遊んだり、冬はプールにお湯をはって、なめても大丈夫な洗浄液を作って、そこで遊んだりしています。(「お風呂プール」でご紹介しています。)
幸い、トリミングが必要な犬種ではなく、抜け毛が多い分、生え変わるので、それであまり臭くもなりませんし、もっています。
爪切りができなくなってどうかなと心配していますが、朝晩と散歩に出ますし、夜の散歩は1時間以上歩くので、適度に削れて、とりあえず今はそれで大丈夫そうです。